継ぐ覚悟と迷いが同時にあった、承継前の葛藤。
小南社長にとって、家業を継ぐことは幼い頃から自然な未来だった。
明治創業の南陽軒。父が三代目を務めている環境の中で、「いずれは自分が継ぐのだろう」という意識は当たり前のようにあったという。
しかし、専務として本格的に経営に関わるようになってから、このまま継いでいくことへの不安が徐々に大きくなっていった。
実店舗の商圏は人口減少の影響を受け、売上の先行きは決して楽観できる状況ではなかった。打開策としてネット販売にも取り組み、売上自体は伸びていったものの、ECモール依存の構造は変わらず、手数料や広告費の増加によって利益の確保には課題が残っていた。
「何かを変えなければならない」という危機感は常にあった。それでも、何を優先すべきか、どこから手をつけるべきかが分からない。
経営セミナーにも足を運び、情報収集も重ねた。だが、その多くは一般論で、自社にどう落とし込むべきかまでは見えてこなかった。
「改善したい気持ちはあるのに、何から手をつければいいのかわからない。焦りだけが募っていきました」と小南社長は当時を振り返る。
「中華料理店のような名前だ」という助言を受け、店名を「くり屋南陽軒」に変えてみたが、ブランドの方向性や自社の強みを明確に言語化できず、手応えのない試行錯誤が続いていた。
「継ぐつもりはあるのに、経営者としての軸が自分の中にない感覚でした。改善したい気持ちはあるのに、本質的に何を整理すべきなのかが見えなかったんです。」
家業だから継ぐという意思はある。しかし、「なぜ続けるのか」「どの方向へ進むべきか」という問いに対して、自分自身の言葉で答えを持てずにいた。 そのもやもやとした迷いこそが、当時の小南社長の最大の葛藤だった。
明治40年創業。四代にわたり地域に愛され続ける老舗和菓子店「南陽軒」。
地元の契約農家から仕入れる最高級の国産栗。素材の品質にこだわった和菓子づくりを支えている。
最高級「市田柿」で栗きんとんを包んだ代表商品の「栗柿」。












